「円護寺・覚寺の歴史研究」を追加いたしました。

 円護寺と覚寺を囲む山々は、古墳群で覆い尽されているといっても過言ではありません。
 円護寺古墳群の中でも最高所の円護寺18号墳(37m)の前方後円墳の埋葬者は、この地域一帯を勢力基盤とした首長級と考えられ、かつての邑美郡邑美郷のこの地は、邑美郡の郡家(ぐんけ=政都)が置かれたという説もあります。そこは決して広く豊かな土地ではありません。この地の勢力を支え、彼らを魅了したものは一体何だったのでしょう。
 現代にあって、あまり目立たない地域になった円護寺・覚寺の、輝ける古代の歴史を探ってみたいと思います。